数年前の夏、5歳になったばかりの息子が、朝起きてくるなり「おめめが痛い」と泣き出しました。鏡を見ると、右のまぶたがパンパンに腫れ上がり、痛々しいほど赤くなっていました。私は一瞬で「あ、ものもらいだ」と直感しましたが、同時に激しい不安に襲われました。というのも、私の田舎では「ものもらいは他人の目を見るとうつる」や「感染力が強いから学校は休ませるべきだ」という古い言い伝えが根強く信じられていたからです。当時、私は第2子を妊娠中で、もし自分にうつってしまったら、あるいは生まれたばかりの赤ちゃんのいる友人にうつしてしまったらどうしようと、パニックに近い状態で小児科へ駆け込みました。診察室で医師に「この病気は他のお子さんや私にうつりますか?」と詰め寄るように尋ねた私に対し、先生は穏やかな笑顔でこう答えました。「お母さん、ものもらいは細菌による炎症ですから、ウイルス性のはやり目とは違ってうつりませんよ。だから幼稚園も休ませなくて大丈夫です」その一言を聞いた瞬間、全身の力が抜けるような安堵感を覚えました。医師の説明によれば、息子が砂場で遊んだ汚い手で目をこすった際に、自分の皮膚にいたブドウ球菌が腺に入り込んだのが原因とのことでした。私はそれまで、ものもらいを一種の伝染病だと思い込み、息子を部屋に隔離して自分もゴーグルをしようかとさえ考えていたのですが、それが全くの誤解であったことを知りました。それからの1週間、私は医師のアドバイスに従い、徹底した「清潔ケア」に専念しました。息子の爪を短く切り、手を洗う回数を増やし、タオルは家族全員が別々のものを使うように徹底しました。目薬をさすときも、容器の先がまつ毛に触れないよう細心の注意を払い、処置の前後には必ず自分の手を石鹸で洗いました。驚いたことに、あんなにひどかった腫れは3日目には引き始め、1週間後には跡形もなく綺麗になりました。そして何より、家族の誰にも、そして私自身にもうつることはありませんでした。この体験を通して私が学んだのは、不確かな言い伝えや迷信がいかに人の心を不安にさせるか、そして正しい医学的知識がいかに救いになるかということです。もし私が「うつる」という思い込みに縛られたままだったら、息子を過剰に遠ざけ、親子の絆にも小さな亀裂が入っていたかもしれません。ものもらいは他人にうつるものではなく、本人の健康状態と衛生習慣のバロメーターなのです。今では、誰かがものもらいになったとしても、私は慌てず騒がず「少し疲れているんだね、ゆっくり休もう」と声をかけることができます。あの夏の出来事は、私にとって単なる病気の記憶ではなく、情報を選び取り、正しく恐れることの大切さを教えてくれた貴重なレッスンとなりました。
ものもらいはうつるという迷信に振り回された私の看病と確信の記録