今から思い返せば、あの時無理にでも父を病院へ連れて行くべきだったという後悔が、今も私の胸を締め付けます。1年前、父の様子に異変を感じ始めたのは、同じ質問を何度も繰り返すようになったときでした。当初、父は「年なんだから忘れることもある」と笑って流していましたが、次第に怒りっぽくなり、大好きだった盆栽の手入れもしなくなりました。私が「一度、物忘れ外来へ行ってみよう」と提案するたびに、父は激昂し、「俺をボケ老人扱いするのか!」と手を上げる真似までしました。その強い拒絶に負け、私たちは「本人のプライドを傷つけてまで受診させるのはかわいそうだ」と、受診を諦めてしまいました。しかし、受診しないことで事態は加速度的に悪化していきました。まず起きたのは、金銭トラブルでした。父は自分の通帳の場所を忘れ、家族が盗んだと思い込む「物盗られ妄想」に取り憑かれました。夜中に警察を呼び、近所に聞こえるような大声で私たちを罵倒する日々。受診していないため、公的な診断名がなく、私たちはどこの相談窓口に行っても「まずは受診してください」と言われるばかりで、何の助けも得られませんでした。介護保険の申請さえできず、デイサービスを利用することも叶いません。そして冬の寒い夜、父はパジャマのまま外に出てしまい、警察に保護されました。低体温症で入院した病院でようやく下された診断は、かなり進行したアルツハイマー型認知症でした。もし1年前、初期の段階で受診していれば、進行を抑える薬を使い、父の穏やかな性格をもう少し長く守れたかもしれません。また、早期から介護サービスを導入していれば、母がストレスで倒れることもなかったはずです。受診を先延ばしにすることは、決して優しさではありませんでした。それは、迫り来る現実に蓋をして、家族全員を崖っぷちまで追い込む無責任な行為だったのだと痛感しています。診断を受けることは、病名というレッテルを貼られることではなく、これからの混乱を最小限に抑えるための知恵を手に入れることです。父との穏やかな会話が失われた今、私は同じような状況にいる家族の方々に伝えたい。本人がどれほど嫌がっても、騙してでも病院へ連れて行ってください。それが、本人の尊厳と家族の人生を救うための、最後にして唯一の愛の形なのだから。
認知症の受診を拒み続けた父と家族が経験した絶望的な1年間の記録