薬物療法では痛みのコントロールが難しい、あるいは副作用で薬が続けられない三叉神経痛の患者さんにとって、大きな希望となるのが「微小血管減圧術(びしょうけっかんげんあつじゅつ、MVD: Microvascular Decompression)」という手術です。これは、三叉神経痛の根本原因を取り除くことを目的とした、脳神経外科で行われる専門的な手術です。三叉神経痛の最も一般的な原因は、加齢などによって蛇行した脳の血管が、脳幹から出てくる三叉神経の根元を圧迫し続けることで、神経に異常な興奮が生じることにあります。微小血管減圧術は、この神経と血管の接触を物理的に解除し、痛みの原因を元から断つことを目指します。手術は全身麻酔下で行われます。まず、痛む側と同じ側の耳の後ろの、髪の生え際に沿って皮膚を数センチ切開します。そして、頭蓋骨に500円玉くらいの大きさの穴を開け、そこから手術を進めていきます。手術用顕微鏡(マイクロスコープ)を用いて、脳の深い部分を拡大しながら、慎重に三叉神経とその周辺を観察します。そして、三叉神経を圧迫している原因血管(多くは上小脳動脈や前下小脳動脈)を特定します。次に、特殊な手術器具を使って、神経に癒着している血管を丁寧にはがし、神経と血管の間に、医療用の非常にやわらかいテフロン製の綿(クッション材)を挟み込みます。このクッション材が、血管の拍動が神経に伝わるのを防ぎ、神経の異常な興奮を鎮めるのです。これにより、三叉神経は圧迫から解放され、痛みが劇的に改善します。手術の成功率は非常に高く、多くの患者さんで術後すぐに痛みが消失、あるいは大幅に軽減します。薬を飲む必要がなくなり、生活の質が大きく向上することが期待できます。もちろん、開頭手術であるため、出血や感染症、まれに聴力障害などの合併症のリスクもゼロではありません。しかし、経験豊富な脳神経外科医のもとで行われる現代のMVDは、非常に安全性の高い手術となっています。手術を受けるかどうかは、その効果とリスクを専門医と十分に話し合い、納得した上で決めることが大切です。