私は30代の頃からお酒が大好きで、仕事終わりのビールと週末の晩酌を欠かしたことがありませんでした。自分では健康に自信があり、健康診断でも少し数値が高い程度で「まだ大丈夫」と高を括っていたのです。異変に気づいたのは、45歳を過ぎた頃の夏でした。胸のあたりに小さな赤い斑点ができているのを見つけたのです。最初は「虫刺されか、あるいは新しいボディソープにかぶれたのかな」程度に考え、市販の塗り薬を塗って済ませていました。しかし、その赤い点は消えるどころか、数ヶ月かけて徐々に増えていき、よく見ると中心から細い糸のような血管が広がっていました。今思えば、それが典型的なクモ状血管腫だったのですが、当時の私はそれが肝臓の病気と結びつくとは夢にも思いませんでした。同時に、夜になると体全体がむず痒くなり、寝ている間に腕や足をかき壊してしまうことも増えました。肌が荒れて赤い湿疹のようになり、清潔にしていても一向に改善しません。さらに、朝起きて鏡を見ると、顔色が以前より黒ずんで見える一方で、手のひらだけが異常に赤くなっていました。妻から「その手の色はおかしいよ、一度病院へ行って」と言われ、ようやく重い腰を上げて内科を受診しました。血液検査の結果、私の肝機能数値であるASTやALT、γ-GTPは通常の数倍、10倍といった異常値を示していました。医師から告げられた診断は、アルコール性肝炎から肝硬変へと移行しつつある状態でした。先生は私の胸にある赤い斑点を指差し、「これは肝臓が必死に上げている悲鳴だったのですよ」と静かに言いました。その瞬間、あんなに軽視していた小さな皮膚の変化が、実は命に関わる重大な警告だったのだと悟り、背筋が凍る思いがしました。そこから私の断酒生活と治療が始まりました。幸い、完全に手遅れになる前だったため、数ヶ月の療養を経て数値は徐々に改善していきました。驚いたのは、肝臓の状態が良くなるにつれて、あんなに執拗だった皮膚の痒みが消え、胸の赤い血管腫も少しずつ薄くなっていったことです。手のひらの赤みも元の色に戻り、肌全体の透明感が戻ってきました。この体験を通して痛感したのは、肝臓は本当に「黙って耐える臓器」であるということです。痛みがないからといって、異常がないわけではありません。皮膚という一番外側の組織が、内側の崩壊を知らせてくれていたのです。もし、あの時妻の言葉を無視してさらに飲み続けていたら、今頃私はこの世にいなかったかもしれません。赤い湿疹は、不摂生を続けていた私に対する、身体からの最後の情けだったのだと感じています。今では、毎日自分の手のひらを眺め、皮膚に新しい異変がないかを確認することが、私の最も大切な健康習慣になっています。
放置していた赤い湿疹から肝機能障害が判明した体験