インフルエンザの予防接種を受けると、なぜ私たちはウイルスに対する抵抗力を得ることができるのでしょうか。その裏には、私たちの体に元々備わっている「免疫」という驚くほど精巧な防御システムの働きがあります。ワクチン接種は、この免疫システムにあらかじめ敵の情報を教え込み、本番の戦いに備えるための「予行演習」のようなものなのです。日本のインフルエンザワクチンは「不活化ワクチン」と呼ばれています。これは、感染する能力を完全になくした(不活化された)インフルエンザウイルスの成分の一部だけを取り出して作られたワクチンです。ウイルスとしての毒性はないため、ワクチン接種によってインフルエンザそのものを発症することはありません。この安全なウイルスの成分が体内に注射されると、私たちの免疫システムは「未知の異物が侵入してきたぞ」と認識します。すると、マクロファージや樹状細胞といった免疫細胞がこの異物を捕らえ、その特徴を分析します。そして、その情報をT細胞やB細胞といった、より専門的な部隊に伝達します。情報を受け取ったB細胞は、その特定のウイルスだけを狙い撃ちできる「抗体」というミサイルのようなタンパク質を生産し始めます。この一連の反応には少し時間がかかり、十分な量の抗体が作られるまでには、接種後およそ二週間程度を要します。こうして、私たちの体は、実際に病気になることなく、インフルエンザウイルスと戦うための武器(抗体)と、その設計図を記憶することができるのです。その後、本物の、そして強力な感染力を持つインフルエンザウイルスが喉や鼻から侵入してきても、体はすでに対応方法を知っています。記憶されていた情報を元に、大量の抗体を素早く生産し、ウイルスが増殖して悪さをする前に、効率的に撃退することができます。これが、ワクチンが発症や重症化を防ぐ基本的な仕組みです。ワクチンは、私たちの免疫システムという優秀な兵士に、敵の顔と弱点を事前に教え込む、優れた戦略教官の役割を果たしているのです。